日経トレンディ
日経トレンディ
NO.175
2000.12月号別冊
おとなのOFF

食事がおいしくなるテーブルマナー
マナー講習会にはウソがいっぱい!?
ビストロ・パラザ・オーナーシェフ

日本では長い間、テーブルマナーという妖怪が徘徊。その妖怪が大勢の人にフランス料理は堅苦しいという観念を植え付け、 さらにそれは特別な作法だと信じ込ませてしまった。長期間にわたるフランス滞在中、私は毎日高級フランス料理の調理場にいて料理を作り、 お客様を見ていた。そんな中で、何度も上流社会の人々の食事を作ったことがある。大統領が食事をされている姿を拝見したこともある。 大統領の食事姿は私が経験した一般の人々の食事風景と何ら変わりがなかった。フランス料理店で緊張したり堅苦しさを感じるのは、 料理自体に理由があるのではなく、レストランの雰囲気にあるのだろう。でも、そのレストランでサービスをする人がどれだけ本当のマナーを知っているのか。 日本のレストランで結構多いあやまちを並べてみよう。ギャルソンの中にも正しいマナーを知らない人がいることを知れば、少なくとも客であるあなたは気が楽になるのではないか。

私がレストランに入り、テーブルに着く。すると、ギャルソンがメニューを持ってくる。サービス係が水を持ってくる。またはグラスに注ぐ。日常的な風景でしょう。 しかし、ちょっと待って欲しい。私は食前酒の注文を聞かれてないし、当然これからワインを飲む。それなのに注文もなしに、なぜ水を先に持ってくるのか。考えてみて欲しい。 ビールの最初の一口は実に旨い。このため、のどが乾いても、水も飲まずにビールにありつけるまで我慢するのが普通。ワインも食前酒も同じ理屈だ。 サービスがフランス風と能書きにあるのに、男性客からサービスする店もある。フランスはレディーファーストの国。フランス風とうたうのなら、 店はレディーファーストを守らなくてはならない。店が間違っているんだから、客もマナーを少々間違っても構わない。

有識者が語るウンチクの中にも間違ったものがいっぱい
一般的に常識と考えられてきていたもの、有識者が語るウンチクの中にも間違っていることがいくらでもある。
「チーズには赤ワイン。しかもボルドー。肉料理の時は少しチーズのためにワインを残す。最後の数滴はソムリエの勉強のために残しておく」と本に 書いた有名な人がいるが本当だろうか。白ワインに合うチーズもあるし、ブルゴーニュの赤とぴったりのチーズもある。だいたい「ソムリエは客の残り物で勉強してるなんて、 よく考えるな」って言いたい。
鮭は赤ワインで煮込むと旨い。うなぎも同じ。「クロタン・シャヴィニョル(馬の糞の意)」って名前のヤギの乳で作ったチーズがある。チーズには赤というが、 これにはフランス・サンセール地方の白ワインがすごく合う。なぜかというと、このチーズの産地とワインの産地は同じ土地だから。ここでは赤ワインはほとんど造られない。では、 このチーズと赤ワインは合わないかというと、そうではない。このチーズが広くパリで知られるようになったのは、長いフランスの歴史の中でも最近のこと。それまで、この産地以外では皆、 自分の所のワインを飲みながらこのチーズを食べていた。ワインと料理の相性はこのように千差万別。余り難しく考える必要はない。

鼻をズルズルすするのはダメ

音を立てないのがマナーの基本
ここからが本題。テーブルマナーは地域や国によって異なる。ヨーロッパとアメリカでも違うし、同じヨーロッパでもフランスとイギリスでは違う。 日本では正式な場所での料理はフランスで、マナーは皇室などで続いてきたイギリス流と戦後に入ってきたアメリカ流とが混合している。このため、 日本のテーブルマナーが混乱が続いている。和食のテーブルマナーは礼儀作法であって、華道や書道などと同じく、すべて約束ごとの世界。この約束ごとを知らないと、 お茶席でも恥をかくが、フランス料理のマナーは食事を楽しむための単なる手段。要は周りに不快な思いをさせなければいい。えば、西欧では食卓でズルズルと音を立てることを嫌う。 だから、風邪を引いた時、鼻をズルズルすする。これは駄目(鼻水をふき取るため、鼻をかむのは許される)。また女性の場合、パンを丸ごとかじったり、 バナナの皮をむいて片手で持って食べたりしない方がいい。下品に見られてしまう。
マナーで覚えておいた方がいいのはナフキンの使い方。ナフキンは服を汚さないためだけにあるのではない。 食事をしている時、どうしても唇に付いた脂がグラスに付いてしまう。これがグラスの縁を汚し、かつワインの表面に薄い膜を作ってしまう。こうなるとせっかくのワインも台なし。 香りも立ってこない。料理をフォークに刺して口に運んだら、ナフキンで口を押さえてから、ワインを飲む。ナフキンでちょっと唇を押さえれば脂が取れ、問題は解決する。
あとはほとんど気にする必要なし。肉を切る場合、アメリカ人は肉をいくつもに切り、フォークを持ち替えて刺して食べる。フランス人は一口一口切って食べる。 米仏どちらを選ぶかは、あなたの自由。
鶏のモモ肉、骨付き子羊のロース肉などは手で食べていい料理。ただし、テーブルにフィンガーボールがなければ手がベタベタになるので、やめておいた方がいいだろう。 親しい人同士での食事なら、母親が「茶わんに残した米粒をきれいに食べなさい」というのとまったく同じ。 パンで皿に残ったソースをぬぐって差し支えない。普通でいい、普通に食べればいいのだ。

オレンジの皮のむき方?ムダなマナーを教える日本の講習会

ところが、日本独特のテーブルマナーがはびこって、「フランス料理は堅苦しい」と人々は信じ込んでしまった。 マナー講習会で教わるナイフやフォークを使ったオレンジやリンゴの皮のむき方、あれはまったく必要ない。今どき、皮が付いた丸ごとの果物をデザートに出すレストランがどこにある。 もし、皮付きのまま出すレストランがあったらギャルソンにきれいにむいて盛り付けてもらえばよい。サービス料を取られているはずだから、それくらいはやってもらいなさい。 ずらりと並んだナイフやフォーク。別にあなたを威圧しようとしているのではない。度々取換えると客も店もわずらわしいから並べているだけ。外側から使えばいい。間違えたら黙って取り換えるのがサービス係の仕事というものだ。 講習会で教わるスープの飲み方もウソ。皿の手前を上げるか、後ろを持つか。これはフランス流とイギリス流のマナーの違いで、決まったルールがあるわけではない。それよりスープを飲む時、音を出す方が問題。スプーンの横からすするから音が出る。先端から口に入れて食べればよい。スープは飲むのではなく、食べるものなのだ。 フランスから帰国して私がびっくりした日本人のマナーは、フォークの背に物を乗せること。料理にグリーンピースが出たらどうやって乗せるの?ライスもグリーンピースもフォークの腹に乗せればいいし、じゃがいもやグリーンピースは背でつぶしてソースと混ぜ合わせ、フォークの腹に乗せて食べれば、様になって映る。 ちなみに、日本のギャルソンはスプーンとフォーク(サーバー)を片手で器用に使って料理を取り分けるが、あんな芸当ができるのは日本人だけ。ホームパーティーなどで料理を取り分ける時は、両手にスプーンとフォークを持って、ゆっくり取り上げればよろしい。フランス料理のマナーは楽しむ術なのだ。 もし、あなたがフランスの大統領閣下と食事に招かれても、ここまで書いたことだけ知っていれば十分。皇室の晩餐会に招かれたとしても、食事のテクニックを知らない議員だとかお役人がいっぱいいる。フォークの背に料理を乗せて、落とさないように前かがみになって食べている先生方、あなたはゆっくり優雅にお食事を楽しめばいいのです。ボン・ナ・ペティ!(召し上がれ)!!     カジュアル感覚でフランス料理が楽しめる「ビストロ・パラザ」オーナーシェフの酒井一之さん。酒井さんは1942年浦和市生まれ。法政大学在学中にシェフを志し、パレスホテルに入社。66年に大学を中退し渡欧する。その後、フランスを中心に15年間料理を修業、帰国後はヨーロッパ最大級のホテル「メリディアン・パリ」の副料理長を務めた。
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